成年後見人の現場

 

成年後見人の実務現場は、想像以上に大変なものがあります。

 

家庭裁判所から与えて頂く業務権限というものの役割が、非常に大きいせいもあるかと思います。

財産管理、療養看護だけでなく、ご本人さんとご家族・ご親族の橋渡し、日常レベルの対応まで、

業務内容は多岐に渡っていきます。

 

 

当のご本人さん=被後見人は、多くの場合は、認知症がすすんでおられるとか、意識が全くないとか、

その方の表面的な肉体的なり、精神的な営みというものは途絶えてしまっておられるケースがほとんどです。

 

 

 

初めて成年後見人の役割を頂いたときは、

このものすごい極限のように見える状況に、全く頭が真っ白でした。

 

自分なりの、会話やコミュニケーション、考えや思い、といった

今まであてにしてきたものが、

全く役に立たない現実があったからです。

 

 

 

 

古い時代の言葉で、医者と法律職と聖職者の3つの職業は、聖職である。という言葉があるそうですが、

そんなもんなんかな、なんか偉そうでそんな言葉とかあんま好きやないな、としか思いませんでした。

しかしながら、自分というも存在が行動することが、全く通用しない・伝わらない現実を突き付けられた際に、

浮かんできた言葉はこの言葉でした。

 

 

ああ・・・、お坊さんみたいな気持ちや意識にならなあかん。いう事かな・・・それ以外どうしようもない。

そうでなければ、後見人をさせて頂く意味合いというものが、無味乾燥なものにしか思えない。

いくら頭でこうやから、ああやからというような、理屈や理想や理念を並べてみても、

何の当てにもならない・・。

 

 

そんな心うちがありました。

 

ご本人さん(被後見人)さんの置かれておられる状況は極限です。

そのご家族・ご親族の置かれておられる状況も、もっと極限です。

 

介護疲れの末の悲劇や、関わり自体の拒絶、施設内においての道徳・倫理的問題、等々等

数えだしたら、きりのないぐらいに、現場現場での悩みや苦しみといったものが出てきています。

 

 

どんな風がいいか、どんな風にしていったらいいのか、

そのような事については、全くアドバイスできるはずもなく申し訳ありませんが、

その方そのものの肉体的なり精神的なりの部分が、全く作用をしていなくても、

その奥に、その方そのものと感じ取れるものは、確かにある。

 

これが個人的な今の結論です。

 

なんだか宗教的なり、今はやりのスピリチュアル的なもののつもりではありませんが、

実際の実務現場で感じ取らせて頂いたことです。

 

成年後見人は、できるだけご家族・ご親族や周りの方々、地域地域の市民の手で。

僕の個人的な意見です。

 

 

そのような状況が機能するまでは、まだまだ時間が必要かと思います。

 

しかしながら、何かその側面に関して、気づかれたようなことがあるようでしたら、

そのような領域にトライされてみてもよいかもしれません。

 

 

成年後見制度の先端の国として、イギリスがあります。

 

イギリスにおいては、 ベストインタレスト(best interests)

という考え方を大きな基軸にしていく形での、法改正や実務運用システムが積み重ねられていっています。

このベストインタレスト(best interests) という言葉のよくなされている日本語訳は 『 ご本人さんの最善の利益 』 です。

 

 

この最善の利益が何か・・?という究極のところを決めることは、結局ご本人さんにしかできない。

という所が、この言葉の一つの鍵になる部分かと思われます。

 

これは、言葉でいうのは簡単ですが、実際にはものすごく難しい問題もたくさん出てきます。

周りの方々がいくらいい。と全員賛成であったとしても、等のご本人さんはそれを望んでおられない。

このスタンスに向き合うことは、ともすれば、膨大な時間や手間といったものも生じてきやすくなります。

 

 

 

しかしながら、

 

お医者さんのインフォームドコンセント(事前同意)という考え方。

 

弁護士や司法書士等の説明義務や倫理規定というような言葉。

 

学校教育における、20年前とは違う現在のシステムや運用。

等々等、

 

上述の best interests  という枠組みの指し示す方向性に、

社会のシステムや教育の枠組みといったものの大きな流れが出てきているのは、

日本という国に対しても同じく当てはまりまるように感じます。

 

 

 

日本という国における、成年後見制度の法制度につきましても、

このような議論や法改正の検討が、なされていっているのは事実のようです。

また、成年後見制度の根幹をなす、『 民法 』 という国家のインフラとなっている法律の改正等も、

このような best interests という考え方を基軸にした成年後見制度にしていくためには、

必要となっていきます。

 

少々話が大きくなってしまって申し訳ありませんでしたが、

成年後見人としての実務現場においては、

このような今の制度の枠組みの本質的な捉え方の部分の 「ひずみ」 といったものに、

各方々がさらされている。という現実は意識をして捉えられておいたほうがよいかもしれません。

 

自分自身も、そのうち おじいちゃんいなって、ともすれば成年後見制度の利用をして、そして、いつも座っていた椅子には、もうそのおじいちゃんはいない・・・

そのようになる事だけは、100%間違いないことです。

 

この様な事に気づかせて頂く機会があったという意味で、

後見人の仕事をさせて頂く機会があったことは、とても貴重な財産であったと、今でもつくづく実感させて頂いています。

 

 

 

地域地域での、一つの小さな取組にすぎませんが、

大きな流れにつながる橋渡しになればと日々思っています。

皆様の現場現場での健闘を祈ります。 ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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